真光寺由来

当山は東照山永壽林と号し御本尊は釈迦如来である。
宗派は曹洞宗で本山は福井県の永平寺、横浜鶴見の總持寺である。

五百年前の創建と伝えられているが天正十三年豊臣秀吉の四国征伐の際に当山もその兵火に罹り堂塔伽藍を焼失し古記、什器も灰燼に帰した為詳らかでない。

文禄、慶長の頃松岩慈長和尚、花月幻徳和尚等再建を計画するも及ばず、萬治二年二世愚慶察及大和尚が再建の挙に出て、住山三十五年にして伽藍を建立したと伝えられている。

開基法名を永壽院殿八葉蓮千大居士と号し大永二年に死歿、萬治寛文年間当時前西条領主一柳監物直興公より山林、田畑の寄進を受ける。直興公の位牌は今も境内に祭祀している。

桜馬場と呼ばれる境内の参道は直興公が信仰の篤い人で当山参拝の折、馬をつないだ桜並木で今は桜も枯れてなくなり名称だけが残っている。